カテゴリ「徒然」の過去ログ

前にもちょっと書いたことがありましたが、最近Windows Live Writer 2008のベータが取れてリリース版が出ましたので、それをインストールしてみました。普通にWindows Live Writer 2008をダウンロードしてくるとWindows Serverにはインストールできませんよというエラーが出るので、ここからmsiをダウンロードしてそれをインストールするとWindows Server 2008でもLive Writerが使えるようになります。ちなみに英語版です。英語版でもちゃんと日本語のポストはできますけどね。

元ネタはここ


以前、スマスマにギバちゃんこと柳葉敏郎がゲスト出演していた。そのときの彼の言葉が非常に印象に残っている。それがずっと頭から離れない・・・

彼は故郷の秋田に住所を移し家族で暮らしている。それを初めてスマスマで知った。同郷ながら正直、え?と思ったものだ。あの売れっ子役者の柳葉敏郎がどうして田舎に?と思ったものだ。その理由は自分が育った環境で子どもを育てたいということだった。それを聞いて地に足の着いたしっかりした人なんだなあって思った。踊る大走査線で時々秋田弁を出すところなんか好きだったけど、そこまで故郷のことや子どものことを考えているなんて・・・自分も見習わなければいけないなあ。


秋田の出身なので納豆と言えばおはよう納豆だった。しかし渡米してしばらくおはよう納豆が手に入らず食べることがなかったのだが、 昨日シアトルの宇和島屋で初めて売られていて即効で購入。

おはよう納豆の宣伝で一番覚えているのが・・・というよりそれしか覚えていないのだが、「おはようは朝の味〜」の歌で始まる宣伝があった。あの歌は非常に印象に残っている。当時はヤマダフーズではなくて羽後食品という社名だった。その宣伝をヤマダフーズのホームページで発見。多分私と同年代の人で秋田出身の人にとっては懐かしくて涙がちょちょぎれそうになるだろう。

http://www.yamadafoods.co.jp/lib/anime.mpg

ちなみに90年代にはモダンにしようと変に英語を取り入れて気持ちが悪い宣伝になっている。


この間のつづきです。

ドットコムバブルでの恐怖体験はまだ続く。波に乗っている小さな会社というのは製品やサービスへの需要が高いけど、十分な資金がないために社員を多く雇えず思うようにプロジェクトが早く進められないのが常だ。それは会社としてはいいことなのだ。でもその会社が2億もの資金を得るや否や、ボスは新しい高級車を買い、いきなり10人ぐらい新規にプログラマーを雇い自分は有給休暇を取ってた。

人数の多さがプロジェクトの潤滑さに直接つながらないのがソフトウェアエンジニアの世界である。しばらくはオフィスが混沌としていた。誰が何をしているのか全く見えなくてお互いの足を踏み合っている状態が続いた。仕様もよく変わっていたし、それに仕様書なんてなかった。アーキテクチャだって特になし。ソフトはバグだらけでデータベースの管理者はデモの前に変なスクリプトを実行してぶちこわし。それにアーキテクチャ自体がだめだめだったので、スケーラビリティだって最悪。

よくもまああんな絵に描いた餅を顧客もはいそうですかとお金を出したもんだと感心してしまう。

でも恐怖体験の中にも学ぶことはたくさんあった。人生の中であんなに仕事をしたことはないだろう。土日もほとんどなしで家に帰るのが朝の3時とかになったことだってよくあった。本当に家庭を顧みずに仕事に打ち込んだ。そこでプログラミングについて学んだことはたくさんある。成功よりも失敗が多かったのだが、もう二度とそんな失敗はするものかと思った。ColdFusionではなくASPに「改宗」したのもこの会社に勤めてからだった。あのときにマイクロソフトのウェブやCOM技術に真剣に取り組んでいなければ今日の自分はなかったかもしれない。Exchange Serverの管理だってさせれた。何の知識もなしの状態で。もちろん本を買って読んでなんとか動かしたが、今考える背筋が凍る思いである。でもそんな体験もできてしまうのが小さな会社の魅力でもあった。

その会社には約二年勤務していたが、経済的困難を理由に2000年の秋頃に解雇された。20代にして人生初めての解雇。かなりショックだった・・・

つづく


iPhoneからブログができるようになりました。すげー


海外在住にとって何が一番大変かというと日本で慣れ親しんだ食べ物だ。特に自分は食べ物にこだわる傾向にある。だからやせないんだけど・・・

GMailをチェックしてたらGoogleの広告が目に飛び込んできた。それは日本から直送でラーメンを海外に発送する会社があるのだ。毎日日本のテレビを見ていてあそこまでおいしそうなラーメンを見せ付けられては自分も一つか二つは食べてみたくなる。というわけで注文しました。3種類のラーメンが12食で送料をこめて9400円。送料が費用の3分の2ぐらい占めてしまっている。

メールによると今週は夏休みをとっているので発送は来週以降とのこと。楽しみである。


アメリカでのプログラマー業(2)の続きです。

その後小さなコンサルティング会社にIT管理者として就職しアメリカ人を相手に仕事をすることになった。その会社はERPソフトの販売とそれに関するコンサルティングを主なビジネスとしていた。ERPとかそれに関する知識や経験は皆無だった。働き始めた頃は英語のヒアリング力も弱かったので会議の内容が半分も理解できていなかったような気がする。でも私の仕事はウェブサイトの構築とその小さなオフィスのネットワークとコンピュータの管理だったので特に実際のビジネスの内容があまり理解できなくても、自分がやることが理解できてさえいれば、特に支障はなかった。いくら英語教師の経験があっても実際の仕事での英語の早さには面を食らった。でもそういうものにもだんだん慣れてくるものである。今でも早いし何を言っているか分からないこともあるのだが。

時はドットコムバブルの最盛期。いろんな人を見たなあ。みんながみんなそうとは限らないけど、アメリカ人って口先だけの人が結構多いと感じたのもその時だった。有名無実、有言無実行、嘘八百・・・そんなことが自分の周りでは今考えると日常茶飯事だったような気がする。例えば履歴書を偽って自分はウェブアプリの開発ができますって我が物顔で入って来た人が時給60ドルで2、3ヶ月仕事した後で結局やったのはASPの1ページでデータベースのテーブル3つぐらいからデータを引っ張って来てそれを表示させるのみのもの。彼はそれができてずいぶん誇りに思っていたようだが・・・プロジェクト管理は全くなし。ボスが毎日オフィスに入って来てどんな仕様にしたいかを延々と2、3時間話をして2、3人のエンジニアでそれを形にしようと遅くまでがんばる。一行のコードも書かれていない状態で顧客とのソフトウェア販売の契約が成立。つまり存在しないソフトを売ってしまっていたのだ。しかもその仕様が毎日変わる。そんなプロジェクト管理の視点からして完全に脱線していると初心の自分の目から見てもプロジェクトの失敗は明らかだったので、ボスにそういうことを話をしてみた。しかしぺーぺーの私に対しては全く聞く耳を持たずだった。

そんな管理の甘い会社でもアイディアさえあればベンチャーキャピタルが禿鷹のようによって来て投資をしたがるのもドットコムバブルの時代である。ベンチャーキャピタルのおっさんたちはソフトウェアとかインターネットというものがどういうものかということは全く理解できていなくて、何となくamazon.comとかeBayのように株式を公開すれば大儲けするぐらいにしか考えていなかったのだろう。その10人足らずの会社が日本円にして2億ほどの融資を受けたのだ。あれはちょうど2000年初頭の頃でそれからは管理のずさんさとビジョンのなさが相まって見事に坂道を転げ落ちるような転落ぶりを見せるのである。

つづく


シアトルの宇和島屋で見つけたCalpisならぬNaipis。完全にパクリだな。

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アメリカでもカルピスは売られてますが、カルピスじゃなくてカルピコという名前で売られてます。というのはカルピスだと英語で「Cow Piss(牛の小便)」に聞こえるからだそうです。


かみさんは時をかける少女を見ながら熟睡し、息子は就寝。あとは自分一人の時間を楽しむ。

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今日は一人でシアトルに行って来た。いつものように週一度の買い出しだ。そのついでにマリオグッズを入手。

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ヨッシーと爆弾(?)

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New Marioのでかきのことクエスチョンブロック。かみさんの髪バンド。