この間のつづきです。
ドットコムバブルでの恐怖体験はまだ続く。波に乗っている小さな会社というのは製品やサービスへの需要が高いけど、十分な資金がないために社員を多く雇えず思うようにプロジェクトが早く進められないのが常だ。それは会社としてはいいことなのだ。でもその会社が2億もの資金を得るや否や、ボスは新しい高級車を買い、いきなり10人ぐらい新規にプログラマーを雇い自分は有給休暇を取ってた。
人数の多さがプロジェクトの潤滑さに直接つながらないのがソフトウェアエンジニアの世界である。しばらくはオフィスが混沌としていた。誰が何をしているのか全く見えなくてお互いの足を踏み合っている状態が続いた。仕様もよく変わっていたし、それに仕様書なんてなかった。アーキテクチャだって特になし。ソフトはバグだらけでデータベースの管理者はデモの前に変なスクリプトを実行してぶちこわし。それにアーキテクチャ自体がだめだめだったので、スケーラビリティだって最悪。
よくもまああんな絵に描いた餅を顧客もはいそうですかとお金を出したもんだと感心してしまう。
でも恐怖体験の中にも学ぶことはたくさんあった。人生の中であんなに仕事をしたことはないだろう。土日もほとんどなしで家に帰るのが朝の3時とかになったことだってよくあった。本当に家庭を顧みずに仕事に打ち込んだ。そこでプログラミングについて学んだことはたくさんある。成功よりも失敗が多かったのだが、もう二度とそんな失敗はするものかと思った。ColdFusionではなくASPに「改宗」したのもこの会社に勤めてからだった。あのときにマイクロソフトのウェブやCOM技術に真剣に取り組んでいなければ今日の自分はなかったかもしれない。Exchange Serverの管理だってさせれた。何の知識もなしの状態で。もちろん本を買って読んでなんとか動かしたが、今考える背筋が凍る思いである。でもそんな体験もできてしまうのが小さな会社の魅力でもあった。
その会社には約二年勤務していたが、経済的困難を理由に2000年の秋頃に解雇された。20代にして人生初めての解雇。かなりショックだった・・・
つづく