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「スマイル」に見る押しつけ罪悪感(3)

スマイルというドラマを2回から見ていて、その内容がサヨクの自慰的プロパガンダの匂いがプンプンすることを過去二度に渡って書いて来た。こうなると恐いもの見たさで最終回まで見てしまったのである。

最終回の初めは林の母の「息子を殺さないでほしかったあああ」という感情に流されて、ビトが林を殺してしまったことを後悔し、自分を責めて、一審の死刑判決を受け入れて控訴をしないことにしたという始まり方だった。花ちゃんや周りの人の気持ちはどうでも良くて自責の念に埋もれて、ある意味気持ちよくなっているサヨク思考の日本人にそっくりだと思った。「過去の戦争は日本がすべて悪うございました。自分のおじいさんやおばあさんは鬼、悪魔、畜生です。」のようなことを事実や史実を完全に無視して言い続け、遺族やその時代に生きた人たちのことなど何も考えない無神経で頭の悪い人種を彷彿とさせた。

その後ビト不在での裁判で証拠不十分でビトの無罪が確定できなくて死刑判決が覆らなかった。視聴者をバカにするのもいい加減にしてほしいのである。これもまた警察や検察を悪者にすれば格好がつくという何とも情けないしばらく続いている日本の風潮である。引いては自衛隊に対しても日本人の感情は良くない。それは自衛隊=元日本軍=悪者という構図が日本国民の意識に叩き込まれているからである。それはメディアであり、教育であり、あらゆる情報によってアメリカは戦後日本人の意識の中に浸透させた。警察や自衛隊は国や治安を守るための組織でそのために長い間機能してきている。警察や自衛隊が国民の的などということは少なくとも私たちが生きている間にはなかったことだ。どうしてサヨクTBSは国家権力をそこまで悪者扱いしたいのか理解に苦しむ。

その後一気に月日が5年も飛ぶ。それまで弁護士先生や花ちゃんは何をしてたの?と疑問に思った。5年間も探して林の父親を見つけられなかったらしい。そこで弁護士先生が警視庁に乗り込んで林の父親の手がかりを聞き出そうとするときに却下されそうになり言った言葉が「人の命より、組織が大事ですか?」だ。それを言われた人の家族の命がかかっていたらそういうセリフも理解できるけど、全然関係のない人にそんなことを言う?と思った。組織や国家が一人一人の命を大切に思うことは大事だとは思うけど、人一人の命よりも組織や国家は大事です、と言い切りたい。

今度はビトが刑務所の部屋の壁にマーティンルーサーキングのI have a dream.というキング牧師の演説をプリントアウトした紙を張る。この間も書いたがこれが暗示していることは「日本が差別社会であり、フィリピン人とのハーフのビトは市民権がなく、キング牧師のような人が出て来て、日本を変えて外国人にも参政権が与えられるようになるといいなあ」ということだと思う。この台本を書いた人はどういう神経をしているのだろう。(作家が途中で変わったらしいが・・・)ビトは日本人とのハーフで日本国籍があるのだ。心のない人は差別するかもしれないが今の時代にハーフの子でしかも日本で生まれ育った人に対して差別をする人が何人いるだろうか。しかも「フィリピン野郎」などと罵声を浴びせる日本人は、はたして社会問題としてTBSドラマに取り上げられなければならないほどいるのだろうか。私はいたとしても本当に限られた数だと思う。第一に日本人とハーフだったら外見だけじゃほとんど見分けがつかないのではないだろうか。

さらにこのドラマのひどさは続く。I have a dream.という言葉に魅せられて理想を高く持つビトがそれが不正義にも関わらず死刑を受け入れる。そんな理想を高く持つ人だったら徹底的に戦うだろう。しかも花ちゃんという恋人を悲しませることになるということも完全に無視で自己嫌悪そして自責の自慰行為に走るこのドラマの主人公は作者の自慰行為の大便者、もとい代弁者の他何でもあり得ない。そんなビトが弁護士先生から怒られるシーンがある。死刑を受け入れるので花ちゃんともう会いたくないので伝えておいてほしいというビトに対して「俺絶対あきらめねーぞ。てめえの惚れた女ぐらいな、てめえの惚れた女の笑顔ぐらいな、何があったっててめえで守り抜け、馬鹿野郎!」と。おいおい、先生、あんた在日だという理由で惚れた日本人女性を簡単に手放した人が言えることか?とテレビを相手に突っ込んでしまったのである。(笑)

この時点でドラマが始まってから約13分。そこで中井貴一のナレーションが入る。「これは、壮絶な生き様を魅せた男の愛と正義の物語だ。」と。この時点で花ちゃんへの愛も今までお世話になった人たちの愛もないし、正義もない。えええええ?とさらに突っ込むのだ。

そして林の父親の手がかりをビトを追いつめた刑事が弁護士先生に伝えにくる。そこから林の父親の捜索が始まる。花ちゃんがビトの死刑執行について聞くと、飛んでビトに会いにいく。ビトは心の優しい監守から強制的に花ちゃんと会わされる状態だ。そこで花ちゃんの声が出るようになり一生懸命ビトに自分の愛を訴える。実は小学校のときにいじめられていてビトが偶然助けてくれて、それからずっと好きだったと驚きの告白をする。声が出るようになったらちゃんと伝えたかったそうだ。とって付けたかのような純情まっすぐ君的な物語。それに心を動かされたのかビトが死ぬのが怖くなる。そして「君と一緒に生きたくてたまんないいいい」とまた自慰的シーンである。はっきり言ってこの時点で、内容がもうどうでもよくなる。

最終的には林の父親が証言して死刑は免れて、冤罪についても無罪になった。その時弁護士先生の回想シーンがある。「自分の人生すべて受け入れて、苦しみを笑顔で乗り越えるお前を見てて、俺は何してたんだろうと思った。在日だったこと、帰化したこと、自分で自分の人生否定して何になるんだ。お前がそう思わせてくれたんだよ。お前の笑顔がな。」ここにもサヨクの主張が垣間見られる。弁護士先生は在日だったことを乗り越えて自分の人生を否定しないで帰化して、弁護士にまでなった。ビトに教えてあげることはたくさんあるかもしれないけど、ビトから学ぶことなんてある?と思った。しかしそれを否定してビトの方がえらいと描いてしまう。なぜならビトは日本人とのハーフで日本で生まれ育ったにも関わらず日本人であることを否定してそれを貫き通すのが作者にとっては美徳だからなのだ。

さらにすごいのは伊東一馬という弁護士先生がビトが服役している最中に「ユンソンギ法律事務所」と事務所の名前を変える。そして最後のシーンはいろいろな国から来た人たちが仲良く国際色豊かな料理を食べているところ。日本は多くの移民を受け入れなければならないと主張しているようだった。あたかも人種のるつぼが日本が進むべき理想国家であるかのような。私はアメリカという国に住んでいていろんな人種を見て来ているし、いろいろな人たちと仕事もしているが、外国人参政権や多くの移民の受け入れなどには絶対反対である。日本はそもそもアメリカのような移民国家ではない。日本は何千年前から住んでいる自然に畏敬の念を払い自然とともに生きて来た農耕民族である。その中で誇れる文化も築き上げて来た。このドラマはアメリカのような移民国家が理想であるかのような描き方をしているが、アメリカと日本の歴史は全然違うしTBSやその作者はそれを完全に無視して日本=悪、アメリカ=善とし、世論を外国人参政権へ傾けさせようという意図を公共電波で垂れ流ししているのだ。

最近のSAPIOの特集で「いいかげん自虐的国家観から脱出しよう」というのがあった。自虐的国家観は日本を今までも、そしてこれからも悪い方向へ導いてしまっていると思う。日本人の美徳である謙虚さや謙遜などは国家や国際レベルに持ち込まれた場合マイナスに働いてしまう。国や社会を守るということは毅然とした保守的思想と態度が必要なのではないかと思うのである。

コメントが 2 件あります。「スマイル」に見る押しつけ罪悪感(3)

  • これ

    ああ、そうか、そういうことだったのか・・・
    と、納得できる解説、ありがとうございました。
    まさしく「内容なんてもうどうでもいいや」
    の連発でしたね(笑

    ガッキーかわいかったなぁ・・・で終わっとくのが
    正解ってことで(笑

    さて、夏ドラマはどうなることやら・・・
    TV番組情報誌でチェック中です。

  • 入海

    これさん、コメントありがとうございます。
    本当にメディアというものは信用なりません。
    ドラマやドキュメンタリーには作者の意図はあっていいのですが、あまりにも偏向した意図で作られると社会に悪い影響を及ぼすと思うのです。特にNHKのJapanデビューはひどいものがありますね。

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