アメリカでのプログラマー業(2)の続きです。

その後小さなコンサルティング会社にIT管理者として就職しアメリカ人を相手に仕事をすることになった。その会社はERPソフトの販売とそれに関するコンサルティングを主なビジネスとしていた。ERPとかそれに関する知識や経験は皆無だった。働き始めた頃は英語のヒアリング力も弱かったので会議の内容が半分も理解できていなかったような気がする。でも私の仕事はウェブサイトの構築とその小さなオフィスのネットワークとコンピュータの管理だったので特に実際のビジネスの内容があまり理解できなくても、自分がやることが理解できてさえいれば、特に支障はなかった。いくら英語教師の経験があっても実際の仕事での英語の早さには面を食らった。でもそういうものにもだんだん慣れてくるものである。今でも早いし何を言っているか分からないこともあるのだが。

時はドットコムバブルの最盛期。いろんな人を見たなあ。みんながみんなそうとは限らないけど、アメリカ人って口先だけの人が結構多いと感じたのもその時だった。有名無実、有言無実行、嘘八百・・・そんなことが自分の周りでは今考えると日常茶飯事だったような気がする。例えば履歴書を偽って自分はウェブアプリの開発ができますって我が物顔で入って来た人が時給60ドルで2、3ヶ月仕事した後で結局やったのはASPの1ページでデータベースのテーブル3つぐらいからデータを引っ張って来てそれを表示させるのみのもの。彼はそれができてずいぶん誇りに思っていたようだが・・・プロジェクト管理は全くなし。ボスが毎日オフィスに入って来てどんな仕様にしたいかを延々と2、3時間話をして2、3人のエンジニアでそれを形にしようと遅くまでがんばる。一行のコードも書かれていない状態で顧客とのソフトウェア販売の契約が成立。つまり存在しないソフトを売ってしまっていたのだ。しかもその仕様が毎日変わる。そんなプロジェクト管理の視点からして完全に脱線していると初心の自分の目から見てもプロジェクトの失敗は明らかだったので、ボスにそういうことを話をしてみた。しかしぺーぺーの私に対しては全く聞く耳を持たずだった。

そんな管理の甘い会社でもアイディアさえあればベンチャーキャピタルが禿鷹のようによって来て投資をしたがるのもドットコムバブルの時代である。ベンチャーキャピタルのおっさんたちはソフトウェアとかインターネットというものがどういうものかということは全く理解できていなくて、何となくamazon.comとかeBayのように株式を公開すれば大儲けするぐらいにしか考えていなかったのだろう。その10人足らずの会社が日本円にして2億ほどの融資を受けたのだ。あれはちょうど2000年初頭の頃でそれからは管理のずさんさとビジョンのなさが相まって見事に坂道を転げ落ちるような転落ぶりを見せるのである。

つづく

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