前回のブログにも書いた通り、ちょうど日本もアメリカもITバブルまっしぐらの時に転職した。運が良かったのかもしれない。当時はどこもコンピュータ技術を持った人なら猫でもしゃくしでも採用されていた時代だ。私は猫ならぬネズミにも及ばぬ存在だった。ソフトウェアエンジニアすべての人がそれに関する学位を持っているわけではないけど、自分はそういうご時世だったので特に専門学校や大学でコンピュータ科学の学位を取らずに業界に飛び込んでいけたのかもしれない。
アメリカに来て初めての勤務した会社では貴重な経験をしたと思う。もっとも小さな会社だったので今考えるとずさんな管理で背筋が寒くなることばかりだが、当時の自分や周りのスタッフにはそんな知識はなかった。LAN内のウェブサーバにFTPでファイルあげてたくらいだから・・・それでも本を読んでメールサーバを構築したり、ウェブサーバを構築したり、IPネットワークというものがどんなものかというのを手で触って体験できたことは大変貴重だった。またPCの組み立てとかセットアップもやったし、Wordも教えたりもした。小さな会社だったので社員も少なくコンピュータに関してはなんでもやった。
Allaireがウェブサーバ側のプログラミングで快進撃を続ける中、マイクロソフトもそれに負けじとASPを押し進めていたのもこの頃だ。すっかりCold Fusionに慣れて来ていたので自分のキャリアはこれだと思っていた。Cold Fusionのエキスパートになりたかったのだ。だから近くのユーザグループの会合にも参加したし、Cold Fusionに明け暮れていたと言っても過言ではない。それは次の転職先でいとも簡単に崩されてしまうのだが。
コンピュータに自分のすべての時間をつぎ込めるという幸せを味わっていたにも関わらず、現実問題かみさんも息子も養っていかなければならなかった。健康保険はなく給料も安くボーナスだってなかった。息子はまだ小さかったからそんなにお金はかからなかったけど、3人で生活していくには余裕がなかった。それだけではなくその会社のビジョンのない付け焼き刃的な経営にも非常に不安を感じた。大きなプロジェクトがあってそれをみんなで残業して3、4ヶ月かけて終わらせても、それに対する報酬は500ドルだった。一度給料が安いと社長に直談判したが「私は給料は安いとは思いません!」と怒られて終わりだった。(笑)
社長がやりたかったプロジェクトにeBayみたいなサイトを作り、日本とアメリカの架け橋的なサイトにしたいということだった。あの時はeBayが株式を上場して一気に株価が上がった時だったから、そういう寝言を言ってたんでしょう。(笑)そもそもフルタイムで仕事してたのが三人だったから本当に寝言だったんだけどね。その会社はもう存在していない。
つづく
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