私は今年で35だ。プログラマ35歳定年説のまさにその年に当たるのだ。といっても年金がもらえるわけではない。今の段階でプログラムを組むのをやめたいかと聞かれれば、やめたいとは思わない。私はソフトウェアエンジニアのインフラや標準を構築するのが好きだ。それがソースコードの構造を決めるのだったり、ソースコントロールのサーバを管理するのだったり、自動ビルドを作成・管理したり、ソースコントロールのサーバを管理するのにプログラムを書いたり、または新しい技術についてプレゼンをしたり、ここ2,3年はそんな仕事をしている。バグを直したりその管理などもしたりする。前みたいにガシガシ製品を何もない状態から書くことがなくなってしまったのは事実である。できなくなったとは思わないし思いたくない。そういう仕事は何となくより若い人たちに任せられる傾向にあるのだ。
さてこの先どうするべきなのか。これから新しいことに挑戦してさらにソフトウェアエンジニアとしての道を進むべきなのか、それともより管理職的な方向に進むべきなのか。2007年の1月の投稿にも同じような問いかけをしてる自分がいた。一年以上が過ぎたいまでもやっぱりソフトウェア開発職人としてがんばっていきたいと思う気持ちに変わりはないのだ。
ソフトウェア開発という仕事は他の職種に比べてその誕生から長い時間が経っていない。ゆえに理解されていないことが多分にあると思う。ソフトを作るということは管理者側から見れば単純作業に思われているに違いない。だから35歳定年説なんかが出てくるんだと思う。ソフトウェアを開発するという行為は極めて複雑でありあらゆる状況を考慮に入れて「予期できないことを予期する」力が必要だしあらゆる事象を頭の中で概念化したり複雑なプログラミングという行為をしなければいけない。それがプログラムを始めて1年では決して身につくものではない。プログラマの世界にも職人の世界があっていいと思うのだ。ものづくりという観点から見ると有機、無機の違いはあるもののその気質や魂という点では負けないものがある。
私は今までずっとマイクロソフトの技術を中心に仕事をしてきた。しかし最近ではLinuxやMacの世界にも大変興味があり、JavaやRubyやPythonなども勉強していきたい。この年になってから勉強を始めて例えばGoogleなどの会社で仕事ができるようになるのだろうかという野望的な疑問はある。マイクロソフトで仕事がもらえるまでに自分を高められるだろうかというもう一つの野望的疑問もある。日本にいたときは「アメリカで英語を使って仕事をしていけるだろうか」というのが、とても漠然としたものであったが大きな疑問だったし、それが夢であった。
プログラマという職業は新しいのだ。だから今現役の私たちが地位を上げていかなければいけないのではないだろうかと強く思うと同時に、ソフトウェアエンジニアとは何をしている人たちなのかというのをもっと世間に分かってもらう必要があるのではないかと思う。35歳定年説を払拭するためにも。

40代半ばの私が言いますが、35歳なんかバリバリですよ。昔と違って取得しなければならない技術量は確実に増えてますので、それだけ一人前になるのに時間がかかります。そうやって一人前になって、油の乗ってきた35歳でやめるなんてもったいなさ過ぎます。
それにやめる時は自分で考えればいいことだと思います。それが何歳の時なのか、仕事が与えられなくなった時なのかわかりませんが、意欲があるなら続けられる仕事だと思います。逆にプログラマという仕事こそが年齢に関係なく続けられる仕事じゃないかな? 過酷な労働条件じゃなければですがw
まっ、えムナウさんとか見てると、年齢は絶対条件じゃないなーとういうのがよくわかります。
ただ、体だけは気遣うようにして下さい。体は無理をすればそれなりに対応しますが、少しずつ無理が溜まっていくことには間違いないので。厄年とはよく言ったもので、私も不調を経験しました。
trapemiyaさん、コメントありがとうございました。
> それだけ一人前になるのに時間がかかります。
そうですよね。何となくそれが無視されている現状があるのではないかと思うのですが、どうでしょうか。
> 逆にプログラマという仕事こそが年齢に関係なく続けられる仕事じゃないかな?
確かにそうなんですよね。先輩にそう言っていただくと元気づけられます。
>厄年とはよく言ったもので、私も不調を経験しました。
あ、私もです。軽い胃潰瘍をやりました。厄年なんて迷信だと信じてなかったんですがその年にそういうことがあると気味悪くなりますね。
trapemiyaさんのブログはロム状態ですが拝見させていただいております。これからもよろしくお願いします。