KYという言葉はよくテレビに出てくる。「空気が読めない人」の略だとか。
私はこのKYという言葉の根底には日本人の和に対する心の現われでありそれを象徴するものだと思う。日本人は人と違う行動をすることに不安を覚える。それは社会の秩序を保つことに働くことがあるが、そうじゃない場合もある。
逆に常に空気を読んで行動する人というのはどうだろうか。いつも周りの人の意見に振り回されて自分の行動が決められてしまうということにはならないだろうか。それが間違ってたとしてもである。
話は大きくなるが、60年前に大敗を記した太平洋戦争を取り上げてみよう。太平洋戦争は日本が負けることはデータから明らかだったそうだ。アメリカの兵力と日本の兵力では全く比較にならなかったからだ。それでもアメリカとの直接対決に出たのはなぜか。それはやっぱり当時の「空気」だったのだろう。「一億総玉砕」というスローガンまで掲げられ、国民は戦争イケイケだったのだ。子どもたちは将来兵隊さんになるのが夢の時代だ。その空気によって事実やデータは全く無視され無茶な戦争に踏み切ったのである。戦争に踏み切った理由は空気だけではないが、それは大きなきっかけになったことは間違いないと思う。ちなみにあの朝日新聞が戦争イケイケの空気を先陣を切って作っていたことは言及しておくべきだろう。
そういえば以前に別々の二つの番組に東ちづると青田典子が出演しててバブル当時の話をしていたことがあった。当時は二人ともモテモテでアッシー君だの非常に高価な貢物をもらった話をしていた。二人が共通して言ってたのが「そういう時代でしたから」だ。見てた自分は思わずテレビに向かって文句を言ってしまった。「おいおい、そういう時代だったら何してもいいのかよ。そういう時代でもコツコツとがんばってた人だってたくさんいるんだよ。」と。ちなみに自分の親父は時代に流されることなくコツコツと学校の教師を40年近く勤め上げました。
学校で起こっているいじめだってほとんどこの空気が原因ではないだろうか。自分はいじめたくなかったけど周りがそうだったからというプレッシャーでそうせざるを得ない空気に呑み込まれていじめをしてしまうということだってあるだろう。
このように空気を読むことはすべてがいいことにつながるわけではない。あの小栗旬も文句を言っているのだ。常に知的判断力を失ってはいけないということだ。
