2006年4月の過去ログ

 

最新バージョンのGoogle Desktop Searchをインストールして、Ctrlキーをポンポンと二度押すと下の画像のように半透明なポップアップウィンドウが出てきて、キーワードを押すたびにその結果が即座に表示される。また、ローカルドライブやネットワークリソースなどにもここから直接入力してそこにアクセスできるのでとても便利だと思います。英語版でも日本語がちゃんと使えるようですし、日本語版のダウンロードもできるようです。


留学はステータス?という題で読売新聞のウェブサイトに記事が載っていた。



外国の大学に進んだからといってエリートになれるわけでもない。留学してからの本人のがんばり次第だ。


とあった。全く同感である。日本人は西洋に憧れすぎているし、イメージと現実の差は大きい。これは実際に経験をしてみてわかること。海外に住んでいて思うのだが、日本に生まれ育ったということは自分にとって非常に幸運なことだと思う。もちろん時代によっても異なるだろうが、この二、三十年の間に日本で生まれて日本で育った人たちはラッキーである。どうして日本に生まれて幸運なのか。それは誰のおかげかと今の子供たちは考えてみることがあるだろうか。それは今まで日本という土地で暮らしてきた先祖の人々が土台を作り上げてきたからであって、決してこの二、三十年で築き上げられてきたものではないということを覚えておかなくてはいけない。私は子供のころはそんなことは考えたことがなかったが、でもご飯を残すと父親がよく「世界にはご飯が食べられない子供たちがたくさんいて、今この瞬間にも餓死していく人たちがたくさんいるんだよ。ご飯は農家の人たちが一生懸命作ったものだから残さないで食べなさい。」というようなことを教えてくれたのを覚えている。それは自分の息子にもよく教えていることだ。


大学は日本の大学を卒業したが、私には1年間だけ留学の経験がある。だからといって自分がエリートだとは思わない。確かに自分の視野を広げるという意味では留学はとてもよかったし、いわば自分の人生を変える経験であった。中学のころから日本を出て仕事をしてみたいという強い憧れがあった。英語も好きだった。そういう意味では自分には留学は適していたと思う。日本に帰ってからある高校で英語の教師をしていたが、やっぱり日本の外に出て仕事をしたいという夢はあきらめられなかった。


留学で得られた一番貴重な経験はいろいろな国から来た人たちに出会えたこと。友達にはフランス人、ドイツ人、アメリカ人、カンボジア人(かみさんです)、マレーシア人などがいた。ある日、フランス人の友達の誕生日祝いをするからバーに行こうっていうことになった。アメリカ人、フランス人2人、ドイツ人一人と日本人(私)の5人でフランス人一人の友達の誕生日を祝った。そこで自分の国の言葉でハッピーバースデーを歌おうということになった。すると彼らが日本語ではどう歌うの?って聞いてきたので私は「ハッピーバースデーツーユー」と日本語らしくハッピーバースデーを歌うと「それは英語じゃないか」ってつっ込まれた。即興で日本語で歌詞を作って「たんじょーびーおめでとー」と歌った。(笑)最終的にはドイツ語、英語、フランス語そして日本語でハッピーバースデーを歌い、誕生日を祝った。こんなことはなかなかできるものではない。それぞれの国や文化を尊重し、一緒に何かをするということはすばらしいことだと思った。そのときは単にハッピーバースデーを歌っただけだが、違う国からきた人たちと一緒に生活をするということは人生の中で学生のときぐらいにしかできないだろう。


留学をするということ自体が一人歩きしてしまってはいけない。決して留学することはいけないことではないが、留学さえすればエリートという考えは絶対に間違っている。


 


これを使うとVS2003であまり簡単にできなかったことができるようになります。便利なアドインって感じですかね。


World Trade Centerがあった場所でFreedom Towerの建設が始まったらしい。俺だったらそんなところで仕事したくないな・・・怖いし。しかしアメリカもFrench Fry(フライドポテトのこと)をFrenchじゃなくてFreedom Fryと名称を変えようなんて言ってみたり、幼稚だよなあ。Freedom(自由)とは言うけど、オランダなんかに比べたらそんなに自由じゃないぞ。その証拠にキリスト教右翼の政治家たちは中絶を禁止する法律の制定を考えているのだ。それに同性の結婚だって連邦レベルでは禁止だ。人に迷惑をかけるわけではないので、別にいいと私は思うのだが・・・


はー、やっと一区切りついた・・・ここ3週間ぐらいは気持ち的に落ち着かなかった。締め切りが今日の仕事があって結構な量の仕事だったからだ。それもやっと区切りがついてちょっと楽になった。まあ、まだまだこれから仕事はたくさんありしばらくは終わりそうもないのだが・・・でも、仕事があるということはいいことだ。9・11テロ後なんか不景気で大変だったからなあ・・・


メールアドレスはいくつか持っているがその中でもスパムの巣窟であるHotmailをチェックしていた。そうするとベータ版を試してくださいというリンクが現れたので、試してみた。使ってみた感じはとってもOutlookな感じでAjaxをふんだんに使ったいわばOWAのようなウェブアプリだった。ブランドもHotmailからWindows Live Mailと変わっている。



使い勝手という点ではGMailを超えているがスパムの巣窟であることには変わりないのだ。しかしHotmailはマイクロソフトに買収される前から使っているメールなので捨てるわけにもいかず・・・


この間何人かの同僚と昼食に行った。食事中にイラクでの戦争の話になった。うちの会社には保守派とリベラル派がいるのだが、デベロッパーにはリベラル派が多い。リベラル派は理論的に考えることができる傾向にあるので普通の傾向なのだろう。しかし私の開発者の同僚に何人か保守派がいるのだ。保守派は決まって事実を無視してイラクでの戦争を正当化する傾向にある。


中東に民主主義が浸透するかという話になった。多数派のリベラル派はたぶん実現しないだろうという意見で、現在のイラク情勢に腹を立てているようだった。また、戦争をして爆弾を落とすことによって民主主義は浸透するすものではないということをいっていた。すると保守派の一人が第二次世界大戦後の日本を例に挙げて民主化が可能であると主張してきた。つまりマッカーサーが第二次世界大戦後に日本に民主主義をもたらしたというのである。私は我慢できず、「ちょっとまてぇい!」といわんばかりに反論した。


第二次世界大戦前に日本にはすでに民主主義は存在していたのであってアメリカが日本に核爆弾を落とすことによって実現したものではない。すでに明治時代には板垣退助により自由民権運動が起こされている。1926年には男子の選挙権が認められ、1945年ちょうど第二次世界大戦が終わった年の12月に占領軍の監視の下女性にも参政権が与えられた。しかし女性参政権の運動はすでに大正時代から始まっているのである。第二次世界大戦後にアメリカが日本に民主主義をもたらしたという考えは、驕り高ぶった無知のアメリカ人に多いようだ。


日本人は民主主義に対して何の抵抗もなかったしむしろそうなりたいと望んでいたのである。というかすでに半分実現していたのである。それに対して中東はどうだろう?自由民権運動が起こっているなんていう報道を聞いたことがあるだろうか?むしろ宗教や部族の違いからの争いに関することしか聞かれない。そういった意味で日本はポテンシャルがあったが、中東にはそういう土壌がないから戦争で民主主義を広めるというのは全く間違っていると思うのである。


この調子だと月曜日までに間に合わない・・・あーーー今週末は仕事だ。


Scott Guthrieさんのブログ経由で。


Visual Studio 2005 Expressがこれからずっと無料で使用でき、商用のソフトをそれで作成しても大丈夫とのこと。


こんなの食べるからアメリカ人の健康は悪くなるんだよなあ。「不健康食」はどこまで行くんだろう。